真実の詩




   8





 ふと、耳に飛び込んできた小さな物音に、八戒はゆっくりと目を開けた。
 明らかに部屋の扉の向こうから聞こえてきたそれに、八戒は寝台に横たわったまま意識をそちらへと向ける。
 けれど、はっきりと聞こえるのは、八戒の横で眠る悟浄の規則正しい寝息のみだ。
 それでも何かがある気配に、八戒は気だるい体をそろりと起こして、悟浄を起こさないようにそっと寝台から滑り降りた。そして、静かに部屋の入り口まで歩き、音を立てないように扉を開ける。
 ――すると。
「……っ、」
 扉の横にぽつんと立て掛けられていたものを目で捉え、八戒は大きく息を呑んだ。
 それは、――三蔵が破壊したはずの、あの二胡だった。
 それが何故ここにあるのか。
 しかも、確かに酷く壊されていたはずのそれが、八戒が初めて目にした時と同じ、奇麗な状態になっている。それを信じられないものを見る目付きで凝視した。
 だが、その二胡に宿るものに気づいた刹那、八戒は深く嘆息した。


 想いは、凝(こご)る。


 むくわれなかった『彼らの想い』が、こうして再び二胡を甦らせたと、そういうことなのか。
 例えば、八戒が、妖怪へと身を変じたように。
 想いは凝り、形どる。これは、その結果なのか。
 それでも何故、二胡が八戒の元へきたのだろう。その真意は判らない。
 けれど、これが『彼らの真実の果て』ならば。今、八戒に出来ることは――ひとつ。
 八戒はきびしい表情のまま、静かに気を掌の内に集中させた。
 そして、なるべく音を立てないように、周りに衝撃が伝わらないように、ほぼ一点に狙いを定めて、二胡目掛けて気孔を打ち込む。
「――……!」
 その瞬間、二胡は粉々に砕け散り、一瞬にしてその姿は消滅した。
 それを見届けてから、八戒は深々とため息を漏らした。やるせない気持ちを抱えたまま部屋に戻り、ゆっくりと悟浄が眠る寝台へと近づく。
 八戒は、そっと寝台の傍の床の上に座り込むと、頭だけ悟浄と寄り添うように寝台の上に顔を伏せた。
 シーツの上に広がる紅を視界に捉え、ふわりと、儚げな笑みを零す。
 そして、うっとりと夢見るような表情を浮かべつつ、ゆっくりと瞳を閉じた。
 ――そう。











 八戒にとっての真実は、――ここに。











FIN

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