夢より、儚い。




 例えば。
 いっそ、こんなに近しい距離でなかったら、ここまで想い詰めたりすることはなかったのだろうか、とか。
 例えば。
 彼がもっと近しい距離にあれば、こんなに恋焦がれることはなかったのだろうか、とか。
 つい二律背反なことを考えてしまうほど、気持ちはこんなにも彼の人に向かってしまう自分に、天蓬は思わず自嘲の笑みを漏らした。
 たまたま訪れた金蝉の私室で、彼はめずらしくも書類を前に片肘をついたまま深い眠りについていた。天蓬が机の前まで歩み寄っても、まったく目覚める気配はない。
 彼のこんな無防備な姿を見ることができたことに、嬉しさを覚える反面、もしかしたら自分以外の誰かがここに入ってきて見る可能性もあるわけだ。そう思うと、少し、いやかなり腹立たしい。
 少々物騒な気持ちになりかけた自分を振り切るように、天蓬はふるりと頭を一振りして、改めて金蝉を見下ろした。
 こんなに簡単に手に届く距離にありながら、どうしてこんなにこの手に掴むのは難しいのだろう。手にしたと思っても、いつもするりと自分の手の中からすりぬけてしまう彼。
 ――つかの間の夢。
 いっそ夢であったほうが、どんなに気が楽だろう。夢ならしょせん夢と諦めがつく。いっそ、夢としか思えないほど遠い存在であれば。
 しかし、こうしてそばに近づくことができるほど、天蓬と金蝉の距離は近い。そう、――物理的な距離だけは。
 でも、この身を焦がすほどの想いを届けるだけの距離は、こんなにも遠い。
 天蓬は深く嘆息すると、そっと踵を返して金蝉の部屋から退出すべく、扉へと足を向けた。そして、扉の取っ手に手をかけた刹那、――もう一度金蝉へと視線をとばす。
 このままここに彼を閉じ込めてしまえたら、いっそ。
 ――天蓬は思わず下唇を噛み締めた。そして、自分の想いから目を逸らすように、くるりと彼に背を向けてそこから逃げるように退出する。こんな風に思う自分と、自分にこんな想いを抱かせる金蝉から目を逸らしたくて。




 この想いは、夢より、儚い。








FIN

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