オーナメント




「…………おい、天蓬」
 金蝉の額に、思わず青筋が浮かぶ。
「ああ、金蝉。久しぶりですね」
 そんな金蝉の様子など気にもならないのか、入り口を開けたまま立ち尽くす彼を私室に招きいれようと、天蓬はいつものようににこやかな笑みを浮かべた。その彼の態度に、金蝉の苛立ちがさらに募る。
「久しぶりより何より、なんだこの妙な置物は!?」
 天蓬の私室の扉の前にどんっと置かれた、巨大な、天界にあるはずのない竹をあしらった飾り物を指差して、金蝉は語気強く言い放った。ああ、と天蓬はのんびりとした間合いの相槌を打って、にこりと微笑む。
「それ、下界の正月飾りらしいです。素敵でしょう♥」
 心から嬉しそうに話す天蓬に、金蝉は心底呆れて深く嘆息した。いったいこれをどこで見つけて、どうやってここまで運びこんできたか、考えるだけで脱力しそうな気がしたからだ。
 天蓬が、下界から本人いわく「アーティスティックなモノ」を持ち帰るのは今に始まったことではない。天蓬的に非常に価値のあるものでも、金蝉から見れば首を傾げたくなるような妙なものが、実際彼の部屋にはごろごろしている。だが、今回拾ってきた、もしくはくすねてきたこの巨大な置物らしきものは、今までのものとは少々趣向が違っているような気がした。
「正月飾りだと?」
 聞き慣れない単語に、金蝉は顔をしかめて訊き返す。
「まあ、金蝉。せっかく来てくれたんですし、立ち話もなんですから中に入って下さいよ。散かしてますけど」
「まったくな」
 天蓬の誘いに、金蝉はため息をつきつつ扉を閉めて室内に足を向けた。ところ狭しと散乱している書物の山を漸う避けながら、ソファへと腰を下ろした。天蓬もにこにこ笑いを絶やさぬまま、金蝉のそばまでやってくる。
「門松、っていうんだそうですよ。東方の島国の年替わりの際に飾られる置物らしいですね。いや、もう一目惚れだったんで、即行で持って帰りました」
「…お前な…」
 そういう問題じゃないだろう、と金蝉は心中で呆れかえる。
「ちなみに訊くが、これはどういった経緯で持ち帰ったんだ? まさか、お前持ち主に断りも入れず勝手に持ち帰ったんじゃないだろうな?」
「やだなあ、金蝉。道に落ちてるものを拾って何が悪いんです?」
「――あ?」
「だから、道に落ちてたんですよ。こんな立派なものをどのお宅も道に置いておくなんて無用心ですよねぇ。まあ、それでありがたく拾うことが出来たんですけどね。…って、あれ、金蝉?」
 天蓬の台詞を最後まで聞き終わる前に、金蝉は思わずにぶい痛みを覚えてこめかみを押さえた。欲しいと思ったらとことん手段を選ばない彼に、呆れを通り越して眩暈がする。
「それって、落ちてるんじゃなくて、外に置いておくものだからじゃねぇのか…!?」
「いや、僕にとっては「落ちている」ものだったんです。こんな素敵な落し物、ほうっておくなんて勿体ないでしょう?」
 だから拾ってきました、と満面の笑みを浮かべて言い切る天蓬に、金蝉はきっと彼を睨めつけた。
「今すぐ帰してこい! これは落し物でもなんでもねぇだろうが!」
「嫌ですよ。これは落し物だってさっきから言ってるじゃないですか。それに、さっきから金蝉、何をそんなに怒ってるんですか?」
「てめぇがロクでもねぇことをするからじゃねぇか!」
「あ、もしかして金蝉の分が無かったことを拗ねてたりします? 大丈夫です、ちゃーんと金蝉の分もありますから」
 まるきり検討違いな返事を返されて、金蝉はより一層顔をしかめて天蓬を凝視した。天蓬の言葉の意味を理解したくない。そんな気分だった。
「………俺の分?」
「ええ。さすがに金蝉はあんな大きいものは邪魔だ、とか言って嫌がりそうなんで、こじんまりとしたものを選んできました」
 そう言いながら、天蓬がおもむろにどこからともなく取り出したのは、両手に乗るくらいの大きさの、藁で作られたオーナメントのようなもの。
「何だ、これは」
「しめ縄飾り、と言うそうです。これも正月飾りの一種ですね。これは金蝉へと思って」
「――――」
 空いた口が塞がらない、とはまさにこの事である。金蝉は、じっと目の前のしめ縄飾りなるものを凝視したまま、返す言葉を見つけられないでいた。どう考えても、これは「落ちていたものではない」のではなかろうか。
「…で、これも落ちていたのか…」
「落ちていたのとはちょっと違うんですけどねえ。まあ、外に出してあればいっしょでしょう。ああ、一応お断りはいれたんですよ? ただ、返事がなかったんでもういいかと」
 良いわけあるかっ! と金蝉は心の中で絶叫した。が、あえて声にして言う気力は既になかった。
「…疲れたから、俺はもう帰る」
 金蝉はふらふらと立ち上がると、そのまま天蓬の部屋から出て行こうとした。それを、あわてて天蓬が彼の左腕を掴んで引き止めにきた。それへ、金蝉は仏頂面のまま向き直る。
「どうしたんですか、金蝉。せっかく来て下さったのに…」
「…お前が疲れさせるようなことばかりしでかすからだろうが」
「………お気に召してもらえませんでしたか、しめ縄飾りでは?」
 天蓬が哀しそうな表情を浮かべて、じっと金蝉を見据える。その、彼の貌に、金蝉はうっとたじろいだ。金蝉は、天蓬のこういった態度に弱い。そして、やはり折れるのも金蝉のほうが先だった。
「…誰も気にいらねぇなんて言ってないだろ」
 小さくため息をもらしつつ、金蝉はそっと天蓬の腕を自分から取った。そして、もう一度ソファへと戻って座り直す。
「金蝉?」
「で、話してくれるんだろう? 正月飾りの由来とかを」
 金蝉の言葉に、天蓬は嬉しげにふわりと顔をほころばせた。その笑みに、金蝉の心がざわつく。
 ここしばらく、天蓬は下界への遠征続きだったから、こうして二人きりの時間を持つこと自体、本当に久しぶりだった。だから、金蝉も彼が戻ってきた頃合を見計らって、わざわざここまで足を運んだのだ。何事も面倒くさがりで、自ら動くことがない金蝉にとっての唯一の例外が天蓬だった。ただ、この感情がいったい何なのか、金蝉自身まだ自覚はなかったが。
「ええ、よろこんで」
 そう呟いて、天蓬も金蝉の向かいのソファに腰掛けた。その、天蓬を目で追いつつ、金蝉は胸中で嘆息した。
 ――ただし、天蓬のこの趣味だけはどうにもいただけない、と思いながら。








FIN

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