きらきら




 きらきらと、光かがやくもの。
 それは、天蓬の心をとらえてやまない、キレイな存在。




 午後から予定されていた軍議のことなどすっかり忘れて、自室にこもって読書にいそしんでいた天蓬は、急ぎ足で会議室へと向かっていた。
 いつもなら、どうせ遅刻ならときっぱり欠席してしまう天蓬だったが、そういえば今日の軍議は絶対出席してもらわないと困ると、事前に大将からうるさく言われていた。そのことを漸う思い出して、天蓬はかりかりと頭を掻きつつ、目的地へと急ぐ。このままでは遅刻は間違いないが、少しでも早くたどり着くにこしたことはない。天蓬は面倒だなあと深々とため息を洩らしながら、それでも軍の本館をめざして回廊を闊歩していく。
 その途中、ふと天蓬の瞳に金色のかがやきがとびこんできた。きらりと天蓬の視界をかすめたそれに、天蓬はまぶしそうに目を細めつつ、金色の軌跡を追う。
 そこにあったのは、回廊から少し離れたところに立っている桜の大木の下にたたずむ金蝉の姿だった。
 めずらしくも、こんなところにたった一人で、瞳を閉じたまま腕を組んで金蝉は立っていた。意外なところにいる、意外な人物の姿に、天蓬も思わず立ち止まる。そして、まっすぐにかの人を見つめた。
 たった今、天蓬をとらえたかがやきは、どうやら金蝉の波打つごとくなめらかな長い金糸だったらしい。陽光のもとで、それは金蝉を引き立てるかのようにきらきらとかがやいていた。
 めったに見ることのできない、日の光と金蝉の金色のかがやかしさに、天蓬は息を呑む。
(――なんて)
 陽光の下でかがやく金蝉は、本当に綺麗。
 天蓬とはちがう場所にいる、かがやかしい存在。
 そんな埒もないことを思いかけて、天蓬はその思いを振り切るように肩にかかる髪の毛をうっとうしげにはらった。刹那、目を開けた金蝉とばっちり目が合ってしまい、不意打ちのそれに天蓬は目をそらすことも出来ず、思わず彼を凝視した。
 これだけはっきり目が合ってしまっては、今さら無視も出来ない。
 天蓬は苦笑ぎみに肩をすくめつつ、露骨に不機嫌全開な表情を浮かべている金蝉の元へと足を向けた。
「こんなところで何してるんです?」
 天蓬はふんわりと笑みを浮かべて、金蝉に尋ねつつ、彼のすぐ横に同じように並び立った。
「……サルを探してたら、疲れたんだよ」
「大変ですねえ。"お父さん"」
「お前……」
 金蝉がいやそうに睨みつけてくるのに、天蓬はくすくす笑いを洩らす。こうしてそばに来てみると、少し離れた位置で金蝉を眺めていたときより一層、彼の金糸が光に反射してきらきらかがやいて見える。
(本当に、綺麗だなあ)
 天蓬は目を細めて、ちらりと自分の横に立つひとを盗み見た。
 はらはらと舞い散る桜の花びらも、射し込む陽光も、金蝉を惹きたてていて自然と目を奪われる。
 不意に、金蝉がそろりと天蓬の頭へ腕を伸ばしてきて、天蓬は思わず息をつめた。金蝉は仏頂面で天蓬の髪の上についていたらしい桜の花びらを取り、はらりと地面に落とす。
「お前、――ちゃんと風呂入ってるか?」
 どうやら天蓬の髪の毛の手触りが気になったのか、金蝉が胡乱げな視線を向けてくる。そういえば昨日から風呂入るのを忘れてずっと読書に勤しんでいたことを思い出し、天蓬はそれを誤魔化すように曖昧に笑った。
「んーと、どうなんでしょう?」
「綺麗な髪してんのに、もったいねぇだろう」
 思いがけない金蝉の言葉に、天蓬は一瞬瞠目した。
「貴方のほうが、よほど綺麗ですよ」
 そう、すべてが。その穢れなき、まっすぐな魂までもが。
 あまりにまぶしすぎて、時に天蓬は手を伸ばすことさえためらうこともあるけれど。
「そうか? お前のほうが綺麗だろ」
 真顔で言い返す金蝉に、天蓬は小さく苦笑した。
 確かに、天蓬は自分の容姿が人並み以上だという自覚はある。だがそれだけで、特に外見に頓着してはいないし、自分の内側が綺麗かというとそれはまた別問題だと天蓬はちゃんと自覚していた。
 けれど、金蝉は違う。彼はすべてが綺麗。外見も、内面も、魂さえも――、本人にまったく自覚がない辺りどうだろうとは思うが、その自覚の無さすら彼らしいと思う。
 天蓬は、微風にのって自分のほうへとなびいた金蝉の金糸を一房手に取った。天蓬の手の中で、きらきらかがやく彼のものをいとおしげに見つめる。
「おい、」
「綺麗ですよねぇ……」
 そうつぶやきながら、天蓬はその金糸に口づけた。言葉にできない想いを、その接吻にこめて。
「……っ」
 金蝉の息を呑む気配が伝わってくる。天蓬は見せつけるように、今度は金蝉と目をあわせながら、再度彼の髪の毛に口づける。誘いをかけるように、口元にうっすらと笑みを浮かべて。
 金蝉は不意に天蓬の左肩を木に押し付けたかと思うと、正面に向き直った。金蝉の、不機嫌そうな、それでいてまっすぐな視線に天蓬は小さく目を見開いた。少し金蝉の顔が近づいてきたかと思った、刹那。
「――お前らさあ」
 実にいいタイミングで捲簾の心底呆れ帰った声音が耳にとびこんできて、天蓬は金蝉の肩越しに胡乱げに彼を見た。金蝉は相当驚いたのか、すごい勢いで天蓬から離れる。ああ、もったいない……と、天蓬は心中で深く嘆息した。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られちゃうんですよ、捲簾」
「何言ってやがる。いつまでたっても会議に来ねぇテメェが悪いんだろーが。だいたい、いちゃつくのは結構だが時と場合を考えろっつーの。お前ら、それでなくても"きらきらカップル"なんだから、人目惹きまくってるってゆー自覚、ある?」
「きらきらカップルって、何ですかソレ」
「そのまんまだろーが。お前と金蝉」
「――――いい加減にしろ、テメェら!」
 それまで黙って二人の会話を聞いていた金蝉が、もう我慢ならないとばかりに顔を真っ赤にして絶叫した。
「天蓬も会議があるならさっさと行け! じゃあな!」
 金蝉はそれだけ早口で言い立てると、天蓬に口を挟む間も与えぬ勢いで、くるりと踵を返して中庭のほうへと去ってしまった。その背中を茫然と見送りつつ、彼の姿がかなり離れたところで、天蓬はつめていた息をゆるゆると吐き出した。
 きらりと、天蓬の視界をかすめた金色の光に、天蓬はうすく微笑む。こうしていつも天蓬をとらえ続ける光そのものを、ただ見つめた。そしてその煌きを目にやき付け、天蓬はちらりと、呆れた雰囲気を隠しもしない捲簾に向かい苦笑する。
「お待たせしました。じゃあ、行きましょうか」
「邪魔して悪かったな」
 殊勝に詫びを口にする捲簾に、天蓬は困ったように微笑んだ。この男のこういった潔さには、いつも感心させられる。
「寄り道していた僕が悪かったんです。でも、まあ悪いと思うなら次は声をかけないで下さいね」
「天蓬、お前ねぇ」
 さりげなく釘を刺すことを忘れない天蓬に、捲簾は深々とため息を洩らした。二人は軽口を叩きあいながら、軍の本館へと続く回廊へと足を向ける。
 不意に天蓬は、肩越しに、先ほど金蝉がいた桜の大木の下へと視線をとばした。
 そこに残る、光のかけら――金蝉の残像を、もう一度心に掬い取るために。





 少しでも、その煌きを、自分のものにしたくて。








FIN

「妖狐堂」様へ進呈。

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