sleeping beauty




「――ふう、」
 ジープとともに本日宿泊予定の二人部屋に身をすべりこませた途端、ようやくひとりになった安堵感からか八戒は体内に貯まった疲労感を吐き出すように、深いため息をひとつついた。そして、扉に背を預けて、とさりと足元に荷物を置く。
 ふらりと、視界がぶれた気がした。そのまましゃがみこみたくなる感覚に、八戒はゆっくりと瞳を閉じる。
 このところの強行軍で、八戒はずっと殆ど休みなくジープを運転し続けていた。しかも、敵の妖怪ご一行様がたは昼夜問わず襲撃をかけてくる。この街にたどり着くまで約一週間ばかり、それこそまともに宿で休むこともなかった体は、誤魔化しようもないくらい疲れていた。それでも、他のメンバーの前ではどうにか虚勢をはっていられたものの。
「きゅ〜?」
 そんな八戒の様子に気づいてか、ジープが心配そうに長い首を曲げて八戒の顔を覗き込んでくる。その声に、八戒はゆっくりと閉じていた翠色の双眸を開いて、ふんわりと微笑んでみせた。
「大丈夫ですよ、ジープ。あなたも疲れたでしょう。少しお休みなさい」
 左肩に止まって八戒の頬へと甘えるように摺り寄せてくる白竜の長いたてがみをやさしくすいてやりながら、八戒は足元に置いた荷物を再度持ち上げ、寝台の横の床へ運ぶ。とさりと片側の寝台に腰掛けて、ジープを寝台の上へ下ろしてやった。すると、ジープも疲れていたのか、すぐに寝台の端に丸まって小さな紅い瞳を閉じてしまう。
 その姿を見届けてから、八戒もそのままとすんと寝台へと横になった。こんなふうにすぐに横になりたいと思うほど体は泥のように疲れていて、――けれど、そんな体とはうらはらに、頭では買い出しに行かなければいれないのにとか、明日以降のコースの確認もしないといけないのにとか、妙に現実的なことばかり気になってしまう。だが、睡魔はどんどん八戒の思考を確実に蝕んでいく。
 本当は、寝ている場合じゃ、ないんだけどなあ……。
 と、意識が完全に塗り替えられる直後まで、八戒は往生際悪く頭の隅で思い続けていた。




「アレ、――八戒?」
 先に煙草を買いに行くからと、宿の部屋割りが決まった段階で一旦別行動をとっていた悟浄がようやく部屋にたどり着くと、本日の同室者である八戒はジープとともに寝台で眠りについていた。こんなふうに、八戒がまだ昼間から横になるなんて、本当にめずらしい。
 悟浄は咥えていた煙草を備え付けの灰皿に押し付け、そろりと八戒が横たわる寝台へと近づいた。なるべく寝台を揺らさないように、彼の枕元へゆっくりと腰掛ける。
 人の気配に敏感な八戒がここまで近づいても目を醒まさないのは、相手が悟浄だからなのか、それとも気づけないくらい疲れて熟睡しているのか。その両方だろうなと、悟浄は苦笑しつつ、ちらりと彼の顔をのぞき見た。
 本当に、彼がここまで無防備に寝入っている姿というのもめずらしい。八戒はよく悟浄のことを警戒心が強いとかなんとか言うが、悟浄にしてみれば彼のほうが余程他人に対する警戒心も強いし、しかも容赦がない。
 もちろん、こうして四人で旅をしているのだから、寝顔自体ならそれこそ何度も見ている。だが。
 今はともにひとつベッドで眠る間柄になった悟浄ですら、めったに無防備な彼の寝顔を見ることはなかった。そういう時ですら、――たいがい、悟浄よりも先に八戒のほうが起き出しているのだ。
 こんなふうに、八戒の寝顔をまじまじと見ることが出来たのは、ある意味すごく貴重なことかもしれない。
 それもどうよ、と悟浄は内心一人ごちながら、男にしては随分と綺麗な顔立ちをした想いびとの寝貌を凝視した。
 目の下にわずかに浮かぶ暈に気づいて、かなり疲れているんだろうなと、悟浄はしみじみと思った。特にここ数日はジープを走らせっぱなしで、道中の身の回りの世話を殆ど一人でこなして、なおかつひっきりなしに訪れる敵の奇襲にも対処してと、それでなくてもこの旅における八戒の負担はそうとうなもんだろうな、とも思うのに。
 悟浄は、わずかに体を横向きにして眠る八戒の頬をそっと撫ぜた。それでも、目を醒ます様子はない。
 だからこそ、今みたいに休める時は休ませてやりたいと悟浄は思うのだが、多分このまま寝させておいたら、間違いなく八戒にやつ当たりされるのは目に見えている。
 ――どうして、買出しがあると判っていて起こしてくれなかったのか、と。
 八戒のそういう妙なところで我儘なところを短くも長くもないつきあいでそれなりに理解していた悟浄は、仕方がないと肩をすくめて、彼を揺り起こすためにそのうすい肩に手をかけた。
 だが。
 ふと、悟浄は八戒の寝顔に目をとめ、規則正しい寝息を漏らす唇へと視線を落とした。そして、ニヤリと唇の端を上げる。
 同じ起こすなら、オイシイやり方のほうがいい。
 悟浄は楽しげに口元を緩め、身を屈ませると、まずは桜色の唇へ軽くキスを落とした。それくらいの可愛らしい口づけではまったく起きる気配のない八戒に、悟浄は色悪な笑みを浮かべたまま、大胆にもいきなり深いキスを仕掛ける。
 時折、軽く唇を甘噛みしたり。そうかと思うと、きゅっと深く吸い上げてみたり。
「……ん、」
 息苦しさにか、八戒のうすい唇がわずかに開いた隙を逃さず、悟浄はさらに舌を差し入れて、その甘い口内を思い存分味わった。いつもなら悟浄の動きにあわせて熱くこたえてくれる彼の甘い舌も、今はおとなしいままで。だから、悟浄は思うさまその舌を絡めとってきつく吸い上げた――途端。
「――な、なにやってんですか、アナタというひとはっ!」
 急激に覚醒したのか、八戒は瞬時に顔を真っ赤に染め上げて、その躯の上にのしかかっていた悟浄をものすごい勢いで突き飛ばした。
 しかし、それくらいではびくともしないで、悟浄は仕方がなさそうに上体だけ起こすと、眼下の八戒に向かいニッと笑み返す。もちろん、わざとらしく口角に残るどちらのものともつかない溢れた体液をぺろりと舐め取るのも忘れない。
 それを目の端でとらえたらしい八戒の面がますます朱に染まるのを見て、悟浄はますます笑み崩れた。
「ナニって、八戒さんを起こしてたダケ。前にお前がナンか言ってただろー? 眠り姫は王子様のキスで目ぇ覚ますとかナンとか」
 だからキスで起こしてみました、と口の端を上げると、八戒は露骨に呆れた表情を浮かべた。
「ナニ寝ぼけたこと言ってるんですか。それに、……キスと言っても、寝ている相手に何も舌まで入れることはないと思いますけど?」
「キスには違いねーだろ? それに、そーでもしないとお前、起きなかったじゃねぇの」
 悟浄がなおも、にやにやと笑いながら言い返すと、八戒は顔を赤くしたまま、悔しげにふいと上から見つめる悟浄から視線をそらした。そして、深々と嘆息する。
「もっと普通の起こし方があるでしょう。もう」
「俺にとっては、アレがフツーなの。――起きられるか?」
 悟浄はすばやく寝台から立ち上がると、まだ横になったままの八戒へと尋ねる。
 八戒もゆっくりと寝台から上半身を起こし、そろりと頭を一振りした。そして、にこりと、ようやくいつもの笑みを浮かべる。
「僕、どれくらい寝てました?」
「ん? 大方30分ばかしってトコ。……で、行くんだろ?」
「え?」
 八戒は足元で丸くなっているジープを起こさないように、そっと寝台から降り立った。悟浄の言葉の意味が判らなかったのか、きょとんとした表情を向けてくる。その、どこかあどけない貌に少し見惚れた自分自身に、悟浄は思わず苦笑した。
「買出し。荷物持ち、必要じゃねぇの?」
 めったにない悟浄からの申し出に驚いたようで、八戒は一瞬大きく瞳を見開いて悟浄を見た。だが、すぐに、ふうわりと嬉しげに破顔する。
「ええ、ありがとうございます」
 結局この笑顔にかなわねぇんだよなあと、悟浄は胸中でつぶやくと、その思いをごまかすように新しい煙草を口に咥えた。




 そして、夜もそれなりに更けた頃。
「……おーい、またかよ……」
 悟浄が風呂から上がって部屋に戻ると、ジープの姿はなかったが、八戒はまたも寝台に横たわっていた。その姿に、悟浄はちいさく肩をすくめる。
 本日の宿部屋にはかろうじて備え付けの簡易シャワーがあったから、八戒はそれで湯浴みをするといって、宿の大浴場にはついてこなかった。それで、悟浄だけそこまで足を伸ばしていたのだが。
 悟浄が風呂に入っている間に、八戒もさっさとシャワーを浴びてしまっているだろうと思って部屋に帰ってみれば、どうみても悟浄を見送った後そのまま寝台へ横になったまま寝入ってしまったと、そういう状態で。
 今日は、どうも――八戒の寝顔づいている。
 しかも、一日のうちに二度も八戒の寝姿をまともに見ることが出来たことなんて、初めてではなかろうか。
 だがそれは、それだけ彼の疲労が深いことを意味していて、悟浄は深くため息をつきながら、八戒が眠る寝台のすぐ隣に並んでいる自分用の寝台に腰をおろした。少々複雑な心境のまま、無心に眠る男の寝顔を凝視した。
 八戒が、なんでもかんでも自分で抱え込んでしまうタイプであることは知っている。
 しかし、こんなふうに起きていられないほど疲れてしまう前に、もっとこう少しでいいから、せめて悟浄には甘えてくれてもいいんじゃないかとも思う。多分、彼のこんな姿を見て、悟浄がいったい何を考えているかなんて、この変なところで鈍い八戒は気づいてもいないのだろう。
 やりきれねぇの、と悟浄はちいさく舌打ちした。胸に凝(こご)る、どこかやりきれない思いを吐き出すかのように。
 それでも。
「このまま寝させておくわけにもいかねーか」
 悟浄はそうつぶやくと、昼の時と同じように、そろりと彼の寝台の端へと腰掛けた。じっと、八戒の蒼白い顔を見下ろすかたちで見つめる。
 本当は、このまま寝させておいてやりたいのはやまやまなのだが。
 このままシャワーを浴びないで寝させておくと、今度は、どうしてシャワーを浴びていないのが判っていて起こしてくれなかったのかと、やっぱり悟浄にやつ当たりをするであろう。八戒は。
 それなら、昼にも言った通り「眠り姫」を起こす手段などひとつしかない。
 悟浄はくすりと口の端をつり上げ、そのまま自分の唇を八戒のそれへ押し当てた。途端、ぴくりと揺れた八戒の躯を押さえ込むように、さらに口づけを深める。
 そろりと触れるだけのキスから、むさぼるようなそれへ。
 さすがに、今回はすぐに悟浄の気配に気づいたのか、悟浄の躯の下で八戒が苦しそうに小さくもがいた。それに気がつかないふりをして、悟浄はさらに八戒の口腔を思うまま蹂躙する。ねっとりと歯列を舐め上げ、深くきつく。彼の吐息すら奪い尽くすように。
「……も、ごじょ……っ!」
 吐息の合間に、完全に目覚めたらしい八戒からあからさまな抗議の声が上がり、悟浄は一旦口づけを解いて彼を見下ろした。そして、にやりと目を細める。
「お目覚め?」
「……どうして貴方は、ロクでもない起こし方しか出来ないんですか……っ!」
「ナニ言ってんの。フツーの起こし方、だろ」
「まったく、貴方ってひとは……ほんとにもう」
 八戒はうっすらと目元を赤くして、じろりと悟浄を睨みつけてきた。だが、少し潤んだ双眸で睨まれても、さしてその効果はない。
「でも、お前、俺じゃなかったら近づいただけで気功で相手、ブッ飛ばしてるだろ?」
 悪びれずに言い切った悟浄に、八戒は思わず目を瞠った。そして、これみよがしに深々とため息をつく。
「貴方のそーゆうとこ、本当にかないませんねえ」
 あいかわらず素直じゃない言い方しかしないけれど、八戒は遠まわしにしっかり悟浄の一言を肯定していた。それに、悟浄は気をよくして、軽くかすめるようなキスを落とす。だが、八戒の腕がやんわりと悟浄の胸を押し返してきたのに、悟浄もしぶしぶ躯を起こした。
「アレでおしまい?」
「せっかくだから、とりあえずシャワーを浴びてしまいたいんです」
 八戒も上体を起こして、そのまま寝台から起き上がった。まだ寝台に腰掛けている悟浄を見下ろしながら、ゆったりと口元に笑みを刷く。
「悟浄はもう休んで下さいね」
「んー? ナンだったらいっしょに入る?」
「それはご遠慮願います」
 にっこり笑顔で却下しながら、八戒はまっすぐに簡易シャワー室へと向かった。その扉の奥へと身をすべりこませる直前にくるりと振り返ると、悟浄に向かいふわりと微笑んだ。
「あ、ちゃんと隣のご自分のベッドで寝て下さいね」
 悟浄が八戒の笑みに気をとられている隙に、しっかり釘だけは刺して、八戒はそのままシャワー室へと消えた。どこまでも抜け目ない八戒に、悟浄も苦笑を禁じえない。
 いつもならここでおとなしく言うことなど聞かずに、しっかりきっぱり八戒のベッドにて彼のお越しをお待ちするところなのだが、――さすがに、八戒のあの疲れ様を見ていると、いかな悟浄でも彼に手を出そうとは思えず。今日はおとなしく一人寝を決め込むことにする。
 今日は、八戒の寝顔と目覚めのキスを堪能出来ただけで、――十分。
 あれもきっと、悟浄の前だからこその無防備な姿だと、そう思えば嬉しいモンだし。
 そう、殊勝に思いつつ、悟浄は自分用の寝台へと潜り込んだ。悟浄自身、いい加減この強行軍に疲れてはいたのだ。だから、横になった途端、睡魔はすぐに訪れそうで。悟浄は欠伸をかみ殺しながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
 本当に、よく眠れそうだった。




「おや、――寝てましたか」
 八戒の言いつけ通り、ちゃんと自分用にあてがわれた寝台で寝ている悟浄を、八戒はタオルで濡れた髪を拭きつつ見下ろした。
 悟浄のことだから、起きて、しかも八戒の寝台で待っているかとも思ったのだが。
 いつもなら間違いなくそうしているであろう男が、殊勝にも自分の寝台でちゃんと眠っていることに、八戒は思わず口元に苦笑を刷いた。
 こんな時、不意に大事にされていると実感する。――そんな価値など、自分にはないのに。
 あんな風に無理やりキスで起こすのだけはどうかと思うが、それでも疲れている八戒を気遣って、どこまでもやさしい。そう、イタイ、くらいに。
 八戒は、さらにじっと眼下の彼を見つめた。
 部屋の明かりを消さずにそのまま寝入ってしまっているせいか、悟浄の整った顔立ちがはっきりと見える。白いシーツの上に広がる深紅の髪も鮮やかに、八戒の視界をとらえる。今は瞼の下に隠れて見えない深紅の双眸とあわせて、八戒をとらえてやまない――生きている証の色。キレイな紅。悟浄、そのもの。
「僕に言わせると、貴方のほうが余程――」
 眠り姫、みたいですけどね。
 八戒はふと脳裏をよぎった想いにうすく微笑みながら、そう小さくつぶやいて、ゆっくりと身を屈めてそっと悟浄の唇へ口づけた。
 今日のお返し、とばかりに、まずは軽くついばむようなキスを。
 一旦、唇を離して、再度押し当てるように少しきつめに彼の唇を甘く噛む。――すると。
 ぐいと、いきなり伸びてきた掌に腕を取られて、その勢いのまま八戒は悟浄の躯の上に乗り上がるかたちになった。突然のことに驚いて、八戒は何事かと目の前の男へと視線を飛ばす。
 それまで八戒が口づけていた男は、口元に意味深な笑みを刻みつつも、まだ深紅の双眸は閉じたままだった。それへ、八戒は呆れたようにため息をひとつ漏らす。
「悟浄、――もう、起きてるんですよね?」
「いーや、まだ寝てまーす。だから、続きをドーゾ」
「ナニ言ってるんですか」
 八戒はぺしりと悟浄の額を軽くはたくと、これみよがしに嘆息した。
「――すみません。わざと起こしちゃって」
 八戒の神妙な声音に気づいて、悟浄はようやくのろのろと瞳を開けた。そして、じっとその深紅の瞳で八戒を見据える。
「夜のお誘いなら大歓迎だけど?」
 軽い言葉とはうらはらに、どこか常とは違う八戒の行動を探るような、それでいて心配そうな視線を向けてくる。八戒はごまかすように曖昧な笑みを浮かべて、ふと瞳を伏せた。
「眠り姫は王子様のキスで長い眠りから目覚めた後、幸せになるんだそうです」
「……へえ。で?」
「僕のキスで目覚めた貴方は、……どうなるんでしょう?」
 幸せ――なんだろうか?
 自分なんかとともにいて、本当に――いいのだろうか?
 不意にそれが訊きたくなって、無理やり眠りについている悟浄に口づけた。こうすれば、きっと彼が目覚めると判っていて。いつも以上にこんな後ろ向きなことを考えてしまうのは、きっと疲れているからだと判ってはいる。けれど、どうしても今、訊きたかったから。
 悟浄は一瞬だけ小さく目を見開くと、そのまま目を細めて仕方がなさそうに口の端を上げた。ぺしりと、先ほど八戒が悟浄にしたのと同じように額をはたかれる。
「――!?」
「そんなの、幸せに決まってんじゃん。八戒王子様のキスに、眠り姫悟浄さんはもうメロメロだし」
 ニッと、悟浄は笑いながら、八戒の躯をぎゅうと抱きしめた。
 その言葉に、八戒の胸の裡にあったわだかまりが、ほんの少しだけ溶けたような気が、する。そのかわりに埋められていくのは、今の悟浄の言葉。
「悟浄」
「だから、俺としては、ぜひこの続きがしたいんだけど……どうよ?」
 色気のある笑みを浮かべながら、それでも疲れている八戒の体を気遣ってか、一応おうかがいをたててくる悟浄に、八戒は思わず苦笑ぎみに微笑んだ。
「僕が王子で、悟浄が眠り姫なら、今日は僕が貴方を押し倒してもいいってことですよね?」
「先に眠り姫だったのはお前のほうだろ。だから、いつも通り、俺がお前を押し倒すの」
 八戒の台詞に、悟浄がえらく真剣な面持ちで即座に切り返してくる。予想通りの悟浄の反応に、八戒はくすくすと笑みを漏らした。
「ったく、ワザと言っただろ、お前」
「思ったことを言ったまでですよ。じゃあ、」
 八戒は、悟浄の躯に身を乗り上げたまま、こつんと彼の肩に額をのせた。
「お手柔らかにお願いします」
「リョーカイ。――さしあたり、今、幸せをたっぷり感じさせてやるからな」
 悟浄の言う「幸せ」が何を指すのか、あまり深く考えたくはないと八戒は短く嘆息したが、それでも今、悟浄を感じたいと思ったのは事実だから。
 体はとても疲れているけれど、それでも。
 悟浄の腕が、ゆっくりと八戒の痩躯を抱き込んでくるのにあわせて、八戒もそっと顔を上げた。今日初めて、互いにちゃんと起きている状態で口づけあう。


 その口づけは、今日交わしたどのキスよりも甘く、そして、――幸せだと、八戒は思った。
 だから。


 悟浄も同じように感じてくれればいいと、そう――願いながら。








FIN

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