one scene




「――秋深し、ですねえ」
 八戒の、いかにもといった風の間延びした声音に、悟浄はふと彼のほうへと視線をとばした。
「ナニよ、いきなり」
 八戒は作業の手を休めないまま、にこりと微笑んで悟浄を見た。左腕には薪用の小枝を数本抱え、右手で使えそうな小枝を選別しつつ、顔だけを悟浄へと向ける。
 かく言う悟浄も、八戒につきあって今日の野営用の薪集めを手伝っている最中だった。どのみちどんなにジープをとばしても、今晩中に次の街にはたどり着けないと判断した段階で、日が暮れる前に本日の宿泊地点を決め、それぞれが野宿の準備にとりかかっているところだった。
「いえ、こーゆう旅をしているとですねえ、あんまり季節を意識しなくなるというか……。けれど、こうしてふと足元を見てみると、落ち葉の色がね、鮮やかでしょう? こういう紅葉した落ち葉は、秋の時期にしか見られないですし。それで、秋だなあと」
 こんなふうにのんびりと季節感に浸れるような道中でもないですし、と、八戒が苦笑まじりにつぶやく。悟浄も違いねぇな、とばかりに口の端を上げて笑みを刷いた。
 とはいえ、たとえこんな旅をしていなくても、悟浄は季節の移り変わりを愛でる趣味などなかったから、八戒が口にしなければ気づきもしないのが本当のところだが。
 と、その時、ふと悟浄の足元を掠めた物体に、おやと眉根を上げる。
「――八戒、」
 悟浄はそれを器用に片足の裏で踏みつけて中身を取り出すと、その物体をこれまた器用に足で蹴り上げ、立て続けに二つほど八戒の手元へと放った。
「わ、――栗。ですか……」
「ナイスキャッチ」
 悟浄は足元に転がる毬栗の残骸を八戒の足元へ蹴りながら、にやりと口の端を上げた。
「まさに、秋深し、だろ?」
 八戒は自分の手の内に飛び込んできた栗二粒をまじまじと見つめた後、ふうわりと嬉しげに笑った。
「器用ですねえ、貴方。足裏で中身を出したんですか?」
「そ。でも、器用なのは足だけじゃねぇけど?」
 にやにやと性質の悪い笑みを浮かべながら近づいてきた悟浄を、八戒は冷えた笑顔で一瞥した。そして、足元にあった毬栗を悟浄の足元に向けて力いっぱい蹴りつける。
「うおっ!?」
「ナニ馬鹿なことを言ってるんですか。――ああ、でも、久しぶりに栗御飯とか食べたいですよねえ、悟浄?」
 にっこりと、有無を言わさぬ笑顔で、八戒が悟浄を見つめてくる。その笑みに、どこかそら寒いものを感じて、悟浄は思わず眉宇をひそめた。
 こんな笑みを浮かべた八戒に、悟浄は勝てたためしなどなかった。
「……で、ナニ?」
 半ば諦めモードで訊き返すと、八戒はさらににこっと口元をゆるめて、笑みを深めた。
「栗御飯を作るには、もう少し栗が必要ですよね?」
「……要は、もーちょい栗を調達してこいと、そーゆうコト……」
「久しぶりの栗御飯、楽しみですねー」
 結局、八戒のお願い事に否とは言えない悟浄は一瞬遠い目をしつつも、仕方がねえと肩をすくめた。
 八戒の作る栗御飯は、絶品なのだ。さすがに家で作るようにはいかないだろうが、それでもこの道中でまさか口に出来るとは思っていなかっただけに、悟浄もかなり楽しみだったりする。
「あとどれくらい集めればいいのよ?」
「最低、10個くらいは必要ですかねえ……。きっと、もう少し奥に進めば栗の木があると思いますよ? 向こうのほうにもいくつか毬栗が転がっていますし」
 そう言いつつ八戒が指差した先には、確かに毬栗らしきものがいくつか転がっていた。
 それを目の端で捉えて、悟浄は一旦抱えていた薪をその場に置き、八戒ご所望の品を調達すべく奥へと踏み込んでいく。すると、その場に留まるであろうと思っていた八戒が彼の後ろから着いて来るのに、悟浄は怪訝そうに顔だけで振り返った。
「どーしたの、八戒?」
「僕も手伝いますよ。ここで、デートを中断するのもなんですし」
 八戒の口から漏れた意外な言葉に、悟浄は思わず目を瞠った。あまりにもさらりと、すごいことを言われたような気がする。
「――――デート、ですかい?」
「あれ、違いました? 僕はそう思ってましたけど」
 せっかくの二人きりなんですしね、と、にこやかに言い切った八戒の秀麗な面を、悟浄はくくっと意味深な笑みで見つめ返した。
 こんな旅の途中では、なかなか二人きりになれる時間も少ない。ささやかではあるが、こうした二人だけの時間を“デート”と称した八戒に、悟浄もまんざらでもない気分になる。
 確かに、これもデートには違いない。――とりあえず、邪魔者もいないし。
 悟浄は一旦立ち止まって、八戒が追いついてくるのを待った。そして、彼が横に並び立つと同時に再び歩き始める。
「なら、デートらしく腕でも組もっかあ?」
 悟浄が口元にわざとらしい笑みを刻みながら問いかけると、目に見えて八戒が嫌そうに顔をしかめた。
「男同士で、それはサムすぎますよ。でも、――荷物持ちはしてくれますよね、デートらしく」
 つくづく口が減らねぇ奴、と、悟浄は深々と嘆息した。けれど、こんな八戒も込みで惹かれているのだから、仕方がない。悟浄は彼に気づかれないよう心中で盛大に舌打ちすると、ちらりと八戒を横目で見やった。
「へーへー。何でもいたしますよー」
「冗談ですよ。僕、女性じゃないんだし、そこまでしていただかなくても。……こうして、貴方といっしょにいるだけで十分です」
 拗ねた悟浄をなだめるように、八戒は苦笑めいた微笑みをその口元に刷いた。そして、悟浄と目が合った刹那、ふわりと破顔する。
 その笑みに、思わず悟浄は見惚れてしまった。悟浄をとらえてやまない、悟浄の前でしか見せない、素の彼のおだやかな微笑み。
 そんな悟浄の様子に、八戒はますます笑みを深めて、悟浄を見つめ返した。
「栗御飯、楽しみにしていて下さいね」
「……おう」
 八戒の笑顔に翻弄される自分を誤魔化すように、悟浄はわざとぶっきらぼうに返事をする。
 本当に、まったくをもって。
(八戒にはかなわねぇよな、ホントに)
 悟浄は不意に顔を伏せてくつくつと喉を震わせながら笑うと、いぶかしげな視線を向けてくる八戒に、下から覗き込むような角度でニッと唇の端を上げてみせた。そして、足元に転がっていた新たな毬栗を踏みつけて、先ほどと同じようにその中身を足で八戒の手元へ放り投げる。いきなりの悟浄の行動に、八戒もあわてて栗を受け止めた。
「期待してマス」
 栗御飯も、そしてもうしばらくは続くらしい、この二人きりの時間も。
 悟浄の言葉に、八戒は再度微笑んだ。
 それは、悟浄を魅了してやまない、心からの笑顔だった。






 なんのことはない、――ある秋の日の出来事。







FIN

グーハーサイトとのコラボ作品。テーマは『栗』。

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