のるかそるか




「ナンで勝てねぇんだっつーの!」
 久しぶりに八戒と差し向かいで、もう何度目ともしれぬカードゲームに昂じた結果、やはり八戒の勝ち逃げという内容に、悟浄はそれまで手にしていた数枚のカードをベッド上に放り投げ、大仰に紅髪を掻き毟った。
 当の八戒はというと、にこにこと人好きのする笑みを浮かべて、悟浄が投げ散らかしたカードを片付け始める。
「悟浄は、勘と流れでするからですよ」
 今晩は二人部屋で、この室内には悟浄と八戒しかいない。
 二つあるベッドのうち、片側のそれに向かい合わせで腰掛け、対面するかたちでカードをしていた。めずらしく誘ったのは悟浄のほう。八戒も、悟浄が何か思うところがあってのことだと気づいているのかいないのか、案外あっさりとその誘いにのってきたのだった。
「どうします? まだやりますか」
「……もおイイ」
 殊のほか、情けない声がついて出た。悄然と肩を落としながら、ゲームの最中は自粛していた煙草を口に銜える。
「で、さっきの、勘と流れってナニ?」
 ふと、つい先程八戒が口にした言葉を思い出し、悟浄は紫煙を吐き出しながら訊ねた。
 八戒は集め終えたカードを箱に戻して、軽く相槌を打つ。
「ああ、だから貴方が僕――や、ヘイゼルさんに勝てない理由ですよ」
(……やっぱ、気づいてたのね)
 彼の口から、ためらいを見せつつもヘイゼルの名が出てきたことに、悟浄はわずかに紅眼を眇めた。
 先日、偶然宿をともにしたヘイゼルを囲み、カードゲームをしたところ、悟空はともかく悟浄をしても負けの連発だったのだ。ちなみに、八戒が面子に混ざっていたときは、結局最後は彼とヘイゼルのタイマン勝負になり、いつまでもたっても決着がつかなかった。ある意味性格がよろしい双方の攻防たるや、傍で見ているほうが寒気を覚えるほどだった。
 とはいえ、悟浄とて、かつてはこれで生活していたのだ。それなのに、ヘイゼル相手にまったく歯が立たなかったということは、この旅のせいですっかりご無沙汰だったこともあり、知らぬ間に腕が錆びついてしまったのか。そう思って、八戒に声をかけたのだが。
 結果は、悟浄の全戦全敗。はっきり言って、声をかける相手を間違っていた。今さら気づいても遅いけれど。
「貴方は天性の直感と、ゲームの流れを読むのがうまいから、賭博には勝てるんですよ。あとは勝負運の強さかなあ」
「それならナンで、お前らには勝てねえのよ?」
 煙草を銜えたまま、悟浄は拗ねたように唇を尖らせた。それをちらりと見やり、八戒はくすりと微笑む。
「僕らは、対戦者の傾向や癖をつかんで、ゲームをしながらそれを分析するんです。そうすると、相手の持ってるカードもだいたい予想がつきますし、どう出してくるかも見極めがつきますしね。そしたら、こちらもその相手にいつ、どういうタイミングで勝負を仕掛ければいいかも判ります。そうなると相手が切り札を出すタイミングも予測できちゃうんで、こっちもいろいろと手を打てるというか」
「でも、俺だって、ただ勘とか流れだけでやってるんじゃなくて、ちゃんと計算もしてんだけど?」
「悟浄は計算まででしょう? 僕やヘイゼルさんはさらにそういったことも含めて全部分析して、いろんな角度から予測をして、そこから対策を立ててるわけです」
 悟浄はそこまでしていないでしょうと、満面の笑顔で一蹴される。これには返す言葉もなかった。悟浄はバツが悪げに視線を泳がせると、短く舌打ちする。
 つまり、あのゲームの最中、彼らの頭の中は、悟浄では計り知れないほどフル回転しているということらしい。残念ながら、そこまでの頭脳は、悟浄にはない。
「――化けモンめ」
「褒め言葉と受け取っておきます」
 思わずついて出たつぶやきに、八戒も微苦笑で返す。
「あーあ、俺、このままだと一生お前に勝ちナシ?」
 両腕を頭の後ろに回して掌で支え、悟浄はそのままベッドの上に背中から倒れ込んだ。その衝撃で、二人がいるベッドのほうが大きく揺れた。
「悟浄……銜え煙草のままは危ないですよ?」
 わずかに柳眉をしならせて、八戒がたしなめるように言う。
 悟浄は、右腕はそのままに、左手だけをヒラヒラと振った。
「負けっぱなしなんだから、コレくらい見逃してくれてもイイだろ?」
 少々投げやりな口ぶりになってしまったのに、悟浄がほんの少し後悔を覚えた刹那、おのれを見下ろす八戒をとりまいていた空気が変わった。
 秀麗な白貌に、たおやかな笑みを張りつけたまま。だが、その双眸はまったく笑っていない。
(――ヤベエ……)
 これは怒らせたかも、と内心で焦ったその時、ふいに伸ばされた八戒の手が、悟浄の唇からすばやく煙草を取り上げた。
 瞬時に、ベッド横に設置されたサイドテーブル上の灰皿に、その先を押しつける。
「――」
 悟浄は仰向けに横たわったまま、呆然と八戒を見つめた。
 当の八戒はというと、煙草の火が消えたことを確認してから、再び悟浄へと向き直った。しかも、含み笑顔全開で。
「八戒、――おわっ!」
 八戒は悟浄の胸倉を掴み、そのまま自分のほうに引き寄せた。自然と上半身が起き上がる。はからずも至近距離で彼の顔を凝視することになり、悟浄はただなすがままに八戒を見つめていた。
「さっきの台詞、そっくりそのまま返しますよ」
 口惜しいけど、と苦笑しながら言われて、悟浄は目を瞠った。
「さっきの、って?」
「僕が悟浄に勝てるのなんて、それこそゲームだけですよ」
 彼の口から飛び出した言葉に、悟浄は紅瞳を丸くした。
「――時々、お前って、びっくりするくらい素直になるよな」
「……イヤですか?」
 八戒はそれまで悟浄の胸元を拘束していた手を解いて、そろりと下におろす。悟浄はその右手を取り、おのれの口許まで引き寄せ、細くて綺麗な指先にそっと接吻けた。
「イーヤ? むしろ大歓迎」
 意味深に目を細め、誘うようにわざと低くささやく。
 ――八戒をおとす、まさに切り札としての計算ずくの仕種。悟浄の唇が恭しく触れた途端、その痩身がびくりと震える。
 目許をかすかに朱に染めた八戒がいとおしくて、悟浄はその細躯を引き寄せて、おのれの腕の中へ大切に閉じ込めた。








FIN

『58カラット』シールラリー景品小冊子へ寄稿。

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