暗闇のなか、八戒を照らし出す真紅の光。
 それは、八戒のなかの闇に射し込む、――救いの光。



「――――八戒っ!」
 突然八戒の耳奥にとびこんできた、自分をきつく呼びかける悟浄の声に、八戒の意識は急速に覚醒した。
 なぜか視界がぼんやりと霞んでいて、まだ醒め切らない頭で何故だろうと思いつつ、八戒は眼前の彼を見る。
「あ、れ……ごじょう……?」
「随分うなされてた、お前。――大丈夫、か?」
 ベッドに横たわる八戒に覆いかぶさるようなかたちで、悟浄は八戒の瞳から流れ落ちる涙を指で掬いとりながら、心配そうな視線を向けてくる。その悟浄の行動に、八戒は初めて自分が泣いていたことに気がついた。ばつの悪い表情を浮かべつつ、八戒は少しはずかしげに目を伏せた。
「起こしちゃいましたね、……すみません」
「んなこと気にすんな。俺のほうこそ、ムリヤリごめんな? あんまつらそーだったから、起こしたほうがいいかと思ってよ」
 悟浄は少し身を屈めて、まだ涙の残る八戒の眦に軽くキスを落とした。涙を掬いとるような彼の唇の動きに、八戒は目元をほんの少しだけ朱に染めて、くすぐったげに身を捩った。
 八戒を癒すように、優しくあやすように触れてくる悟浄に、八戒はそれまで胸奥でつめていたらしい息を吐き出した。悟浄に向かい、ふんわりとあわく微笑む。
「いいえ、ありがとうございました。……とてもこわい夢を見ていたみたいなんですけど、よく覚えてないんですよ。ただ、」
 ここでいったん言葉を切って、八戒はじっと悟浄を見つめた。そんな八戒の視線に、悟浄も器用に片眉を上げていぶかしげに見つめ返してくる。
「ただ、ナニ?」
 ただ、――八戒が覚醒する直前のことは覚えている。
 それはまるで、八戒の意識に強烈に射し込んできた真紅の光に、救い上げられるような感覚だった。その光にさし引かれて目を覚ますと、目の前に悟浄がいて。
 そう、まるで、八戒を照らす光そのもの――。
 暗闇のなか、もがき続ける八戒を、その強い力でもって、救い上げてくれる存在。
 何も言わずに微笑みを湛えたまま凝視し続ける八戒に痺れをきらしたのか、不意に悟浄がぎゅっと、自分の胸元に八戒の顔を押し付けるように抱きしめてきた。急に悟浄の顔を見ることができなくなったことを、八戒は少し残念に思った。
「……悟浄?」
「こーしてっと、こわくねぇだろ?」
 そう言って、八戒を自分の胸元に深く抱きこんでくれる悟浄に、八戒は思わず息をつめた。
 泣きたくなるくらいの安堵感に、胸がいっぱいになる。
 こうやって、彼はどんなときでも八戒の傍にいてくれる。そのことがどんなに八戒をうれしくさせ、どんなに八戒をいたたまれなくさせているか、きっと悟浄は解っているに違いない。だから、こんなふうに向けられる悟浄のやさしさに、つい八戒は甘えてしまう。
 そのことをこんなにも幸せに思えるのは、きっと彼のおかげだと八戒は思う。だから。
 八戒はゆっくりと悟浄のたくましい躯に腕を回して、その背中をゆるく抱きしめてから破顔した。それはもう、悟浄が見られなかったことを悔しがりそうな、きれいなきれいな笑顔で。
「……はい」
「もう寝ろ」
 オヤスミ、と八戒の額にそっとキスをして、悟浄は再度八戒の頭を自分の胸に押し付けた。そのまま、ぎゅっと八戒の頭ごと抱え込むようなかたちで、深く抱き込んでくる。
「お休みなさい……」
 八戒も少し身じろぎして、悟浄の懐へすっぽり収まった。このほうが落ち着くと、八戒はようやく一息つく。
 ――この胸のなかなら、きっともう悪夢は見ない。
 八戒は心からの幸せそうな笑みを浮かべて、ゆっくりと緑色の双眸を閉じた。





 そして、八戒は眠りにつく。
 悟浄という、あたたかい光に包まれながら。







FIN

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