昨日の晩、八戒と喧嘩をした。
理由……実はよく覚えてねぇんだけど。でもきっかけは多分しょーもないことだったと思う。ま、俺たちの場合、ある意味日常茶飯事なんだけどな。
でもって、売り言葉に買い言葉で話がどんどん大きくなるのもいつものこと。
気がつけば、ふたりとも頭に血が昇りまくった状態になって、そのまんまそれぞれの部屋にこもってそれっきりだったんだけどな。
いくら血の気が多いったって。
……まぁ、一晩もたてば、多少は冷静になるってワケで。
俺はすっきりしない頭のまま、ベッドに腰掛けてぼんやりと煙草をふかしていた。
ま、こーゆう時、よっぽどでない限り、八戒から折れてくることはまずない。それは今までの経験上、よーく判っていた。あの、変なところでどこまでも意地っ張りなアイツは、とことん意地を張り通すからな。ったく、負けず嫌いもアソコまで徹底すればご立派ってヤツ?
とはいえ、喧嘩したまんまっつーのも気まずいし……ひとつ屋根の下で暮らしてる以上は、イヤでも顔を合わせるんだし? 俺は何よりメンドクセーのがヤだからさ。気まずいほうがメンドクセー。あ、それなら喧嘩なんかすンな、とか言われそうだけど、こればっかはどうしよーもねーのよ。はずみとか勢いとかってあるじゃん、やっぱさ。
だから。
俺はがりがりと頭を掻きながら、ベッドから立ち上がった。
しかたがねぇ。まずは俺から謝るしかねぇよな。大抵は俺から折れれば、なんだかんだ言いつつ、八戒も態度を軟化させるしな。ったく、ほんっとムズカシイ奴だよ。
部屋の扉を開ける瞬間、そういえば、昨晩八戒が俺に向かって痛烈な言葉を投げかけていたことを思い出した。でも、その言葉がナンだったのか、記憶がぶっとんでて思い出せない。
ナンかすげー捨て台詞吐かれた気がする……。
ってことは、今回はかなり怒りの根が深いかもしれない。
俺はそう思っただけでうんざりした。アイツを本気で怒らせると、マジで面倒臭ェ。正直、俺の手にはおえない時すらある。
とはいえ。いつまでも自分の部屋にいるワケにもいかねぇし……。
俺は思い切りしかめっ面のまま、ゆっくりと扉を開けた。開けるとすぐに、うちの居間と台所になるから、八戒とすぐに顔を合わせることに……って。
あれ? 八戒の奴、いねーの?
いつもなら、この時間なら確実にいるはずの同居人の姿が見えない。
……まぁ、昨日の今日だし? 八戒も気まずい思いをしてるんだろうから、俺と顔を合わさないよう早々に買い物に出掛けたってトコか。
かなり緊張していたのだろう。俺は知らず詰めていた息を肩で大きく吐き出した。
ちょっとだけ八戒の姿がなかったことにほっとした。
とはいえ、よくよく食卓の上を見ると、いつもならこの時間に出掛けるのなら必ず作り置いてくれるはずの朝食がない。
……朝飯を作りたくないくらいには怒ってるってコトね……。
俺は深くため息をつくと、とりあえず空腹を満たそうと、台所へと向かった。冷蔵庫を開ければ、ナンかつまめそーなモンくらいはあるだろうと思って。
俺は冷蔵庫の前にしゃがむと、いくつかある扉のうち一番大きい扉を開けた。
「!?」
――ねぇっっ!!
冷蔵庫のナカ、すっからかんだよっ!
ンなバカな! と思って、他の扉も開けてみたけど、どこにもナニも入ってねぇっ!
最後に冷凍室を開けたら――。
………………………………………………八戒のヤツめ……!!
冷凍室にももちろん食えるものはナンにもなかった。
が。
『反省するまで帰りません』
とゆー、どー見てもヤツの筆跡で書かれた紙切れが一枚だけあった。
…………………………………………………………………………。
ってコトは。この冷蔵庫すっからかーんなのも八戒の仕業というワケだ。
…………八戒の高笑いがどこかから聞こえてくる気がするぜ……。
俺はしばらく冷蔵庫の前で呆然としてしまったが、ま、いくらこーしてたって冷蔵庫に食い物が戻ってくるワケでもないしな。
どうしても食いたくなったら、外に出りゃいーんだし。
俺は気を取り直して、ふらふらと立ち上がった。気を落ち着かせようと、シャツのポケットからハイライトを取り出し、食卓の上にいつも置いているジッポに手を伸ばす。そのまま火をつけて――ってアレ?
…………………………つかねぇじゃん……。
まさか、と思ってオイルを確認してみたら。
ねぇよっ! マジでねぇっ!!
これ、昨日の朝補充したんだぜ確かっ!
ってコトは、わざとオイルを抜かれたってことだ。これも八戒の仕業だろう……ったく、八戒めっ!
どうやら、八戒の奴、かなり頭にきてるらしい。いつもならしないレベルのくだらねー嫌がらせしてやがる。
俺はだんだんとイライラしてきた。こんな時は一服するに限るね! 火ならレンジのガスでつけりゃオッケーだし!
そう思った俺は、さらに顔をしかめて、レンジの前に立った。レンジの点火スイッチを押してっと――って、オイ。
つかねぇじゃん!
俺は何度もスイッチを押してみた。けど、全然火がつかねぇ。見る限り、室内の元栓は開いたままだし、これでつかねぇはずがないって!
……もしかして、外のガス本体の元栓を締めてやがるのか、アイツ……。
……………………………どれだけ俺に喧嘩売れば気が済むんだ、八戒の奴ッ!
俺はへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
だが、腸(はらわた)はマジで煮えくり返っている。さすがにこの嫌がらせのオンパレードには頭きた。
ったく、とことんヒデー野郎だぜっ。俺が困ればイイとか思ってヤッたんだろうが、ここまでされて黙ってるほど俺サマ馬鹿じゃねーっての!
こうなりゃ、ぜってー、俺からは謝らねぇからなっ!
どこに家出したか知らねぇけど、ジープもいないし、どーせあのクソ坊主のところにでも転がり込んでるんだろうしな。アイツも結局、そこしか行き場がないことくらい、俺も判ってっし。
フン、そっちがそーゆうつもりなら俺にだって考えあるしな。
俺は思わず忍び笑いをもらした。
八戒が別にいなくったって生活くらいできるし、要は金さえありゃ、外に出ればいいことだしな。それならしばらく外でふらふらするほうがいい。そして、今回ばかりは、ぜってー八戒から謝らせる! 決めた! いつもいつも甘い顔を見せると思ったら大間違いだってコトを判らせてやる!
俺は決意も新たに勢いづけて立ち上がった。ともあれ喉が渇いたから水を一杯、と思ってコップを蛇口に近づけ、栓をひねる。
――――水も出ねぇ……。
とことん徹底してやがる……まぁ、確かにああいうヤツだよ、猪八戒って男は……。
ホント、俺、あんなヤツのどこに惚れてンだろ……。
イヤ、かわいいんだよ。普段は。あー見えて脆いトコとか。なんていうかこう、八戒のそーゆうトコ全部に惚れまくってンの。そう、怒らせさえしなきゃな。
――って、まさに今、怒らせてンじゃん俺……。
俺はいつまでたっても水一滴すら落ちない蛇口をむなしく眺めつつ、深々と嘆息した。
ここまで八戒を怒らせたのは、本当に久しぶりかもしれない。
だがな! ここまで馬鹿にされて、俺も黙っちゃあねーからな!
俺は一瞬萎えた怒りをどうにか奮い立たせ、ぎゅっと右手で握り拳をつくった。
とにかく! この惨状では生活できねぇからな。とりあえず外に出てガスと水道の元栓だけでも開けないと話にならねぇ。
がしがしと前髪を掻きあげながら、俺は外に出ようと玄関の取っ手に手をかけた。
「?!?!」
――マジで!?
開かねぇよ!?
予想もしてなかったことに、俺は必死にガタガタと取っ手を回したが、全然開こうとしない!
鍵は……開いてる、開いてるよな!
っつーか、うちのは内側の鍵が開いてれば開くハズだって!
なのに、ナンで開かねぇんだって!!
さすがに俺も本気でヤバイと思った。思い始めた。
八戒の奴、どーゆう仕掛けをしたんだか判んねぇけど、どうにかして外には出られないよう細工したらしい。
でも、生活必需品というべき、ガス、水道、食料、そーいや今思えば冷蔵庫が冷たくなかったってコトは八戒め、電気も止めてるってコトだ。これらがナイ状態でさらに外にも出られないって……ぜってーヤバイ。
俺サマ、最大のピンチかも!?
頭から血の気が引くとはまさにこのコトだと思っても、どうしようもない。
俺は一瞬、マジで気を失いかけた。だがすぐに、そういえば、ほかにも外へ出る手段があることを思い出した。そう、窓があるし!
俺は一縷の望みをかけて、居間の窓に手をかけた。が、やっぱり開かない。それでもめげずに、家中の窓すべてを開けようと試みたが、どうにも開かない。開かねぇんだよ!
一通り試してみたところで、俺はとぼとぼと玄関に戻った。そして、じっとうらめしげに扉を見つめる。
………………ったく、とことん、ありえねぇ……。
こうなるとナニが悪かったとかそういうことではないような気がしてきた。
………ここまで八戒を怒らせた俺が悪かったと、反省してどうにかなるなら反省するし!
と思っても、肝心の八戒にどうやって連絡を取ればいいんだよ!?
俺はかなりテンパっていた。イヤ、ふつーの神経の持ち主ならテンパって当たり前だろう、こんな状況。思わずがっくりと肩を落とした。と、その時。
――唐突に閃いた! この家から出る最終手段を!
だが、うまくいくかどうか自信ねぇが!
俺は掌に滲む嫌な汗をぎゅうと握り込んだ。
でも。これしか方法がナイなら、やるしかねぇよ、な……。
俺は意を決して手をかざした。そして瞬時に錫杖を召喚する。
この錫杖で玄関がぶち破れるかどうか判んねーけど。やってみるだけの価値はあるし。とりあえず外に出たら、八戒が戻ってくる前に直せばいい話だしな!
俺は勢いづけて、力いっぱい錫杖を振り回した。錫杖の刃先が深々と扉に突き刺さったかと思うと、そのまま俺は渾身の力で足で蹴りつつ、柄でしっかりと軸を固定して前に押し付けた。
すると。
扉が派手な音を立てて前に倒れていった。一緒に剥がれたコンクリートの壁の一部が砕けたものがもうもうと辺りに立ち込める。
うわ、この土ぼこり、たまんねーの!
でも! やったぜ!! とりあえず外に出られればこっちのモンだ!
と、俺が喜んだのもつかの間。
――土ぼこりがおさまった先に立っていたのは。
「…………………………………………悟浄……アナタってひとは……」
「…………………………………………はっかい、サン……?」
「……反省する気、ないんですね……」
ひ――――っ、恐ッ! マジで恐ェよ――ッ!
俺は思わず後ずさる。でも、目の前のキレーな面した奴は、そら恐ろしい『武器笑顔』をにこにこにこにこと浮かべ、そして――
――――――――暗転。
《悟浄の生死不明のため強制終了》
「TECHNO-HOUSE」様の『家庭内カースト3』へ寄稿。元ネタbyアニメリロードの「八戒の家出」より。物書き人生最初で最後の一人称でした。さすがに悟浄がかわいそうすぎる……悟浄ファンの皆様スミマセンでした!!