HAPPY BIRTHDAY




「――いったいアレはナンだったつーの?」
 八戒が部屋に姿を現した途端、開口一番に悟浄は訊ねた。
 二つあるベッドの片側の端に腰を下ろして、苦笑まじりに彼を見上げる。
「お気に召しませんでしたか?」
 八戒はにこやかに微笑み、疲れを見せない足取りで室内に足を踏み入れた。手にしていた大きな荷物を部屋の隅に置いて、その横に置かれていた自分の鞄を探り始める。
 彼が置いた荷物を胡乱げに眺め、悟浄はわざとらしく肩をそびやかした。
「お気に召すもナニも、いきなりどうしたのかなーってさ、思うだろフツー?」
 悟浄が言うところの『アレ』とは、誕生日会という名のサプライズパーティーのことだ。
 この宿では二人ひと部屋だったから、朝目覚めた段階で八戒が既に室内にいなかった時点で、悟浄はまっすぐに三蔵たちの部屋に足をのばした。今回は自炊用の宿だったから、彼らの部屋で八戒が朝食を準備しているものと思ったからである。
 だから、悟浄は何の躊躇いもなく、三蔵と悟空の部屋の扉を開けたのだが――。
「貴方に内緒じゃないと、サプライズの意味、ないですから」
 やっぱりあの企画の首謀者は八戒か、と悟浄は内心で嘆息する。
 扉を開けた瞬間に悟浄を出迎えたのは、いくつかの破裂音と、視界を覆うほどの紙吹雪。何事かと目を丸くした悟浄の眼前に広がる、机の上に所狭しと並べられた豪勢な料理の数々。明らかにいつもと様子が違うことにうろたえる悟浄へと贈られた、クラッカーを手にしていた悟空と八戒からの「ハッピーバースディ!」の掛け声で、ようやく今日が自分の誕生日であることに気づいた。
 そして、そのことを嫌でも実感させるように、ほぼ終日、三蔵たちの部屋でサプライズパーティーという名の誕生日会――尽きることのない食事と酒、よくわからないプレゼント交換等々――が催されていたわけだった。
 今まで彼らからこうした誕生日会をしてもらったことなどないし、ましてや今は西へ向かう旅の途中である。いったい、何がどうして、悟浄の誕生日に限ってこんな事態になっているのか、さっぱり理解できなかった。
 それでも訳がわからないなりに、開き直って心ゆくまで八戒手製の料理を食べて酒も煽ったし、彼らも心底楽しんでいるようだったし、まあたまにはこんなのでもいいか、と悟浄なりに納得はしていた。
 だが、唯一、そもそもどうしてこんな事態になったのか、その点は非常に気になっていたから、おそらく事の首謀者であろう八戒が姿を見せるのを待っていたわけである。
 主役たる悟浄は、会がお開きになった段階で自分の部屋へと引き上げ、八戒はそのまま残って片付けをしていた。だから、八戒が部屋に戻ってくるまで、悟浄なりにいろいろと思案していたのだが、当然ながら答えは見えないままだった。
 荷物整理を終えた八戒は、おもむろに立ち上がると、まっすぐに悟浄へと向かってやってきた。そして、その隣へと腰を下ろす。
「……ああでもしたら、さすがに貴方も逃げずに祝わせてくれるかな、と。僕がどれほど勝手かなんて貴方はよくわかってるから、勝手させてもらいました」
「――」
 笑顔で言い切られ、悟浄は思わず瞠目した。あまりに彼らしい言い分にあきれるしかないのだが――。
 なんというか、とことん不器用――いや、器用貧乏というべきか。
 それでも、どんなに勝手なふるまいでも、あまりにも八戒らしくて悟浄としても笑うしかなかった。彼なりに悟浄のことをどれだけ想ってくれているのか、それは十分伝わったから。
 ほんの一瞬、悟浄は視線を泳がせたが、ふと口許を緩めた。微苦笑を浮かべて、ちらりと、横に座っている八戒を見やる。
「アレはアレでよかったけどさあ。ベツに俺は、お前から一言『悟浄好き好き』とか言ってもらえるだけでいーんだけどな」
 そう口にして、彼へと見せつけるように片目を瞑る。
 途端、今度は八戒が目を丸くする番だった。それもそうだろう。普段の悟浄なら決して口にする台詞ではないからだ。
 二人で暮らしていた時から特別な関係で、互いに恋愛感情込みで想い合ってはいるが、普段から「好き」とか「愛している」といった甘い言葉を互いに口にのせることはなかった。言葉よりもっと雄弁なものでわかり合えているから、あえて言葉にする必要もない、そう思っていた。それはきっと、八戒も同じ気持ちなのだと思う。
 けれど、今日が悟浄の誕生日で、八戒がお祝いをしてくれるというのなら。
 今日くらいは、そんな甘い言葉をねだっても、許されるような気がした。
 今日という日だからこそ――甘い言葉が欲しい。
 穏やかに口端を上げて、悟浄はじっと、いとしい男を見つめた。
 八戒もまた、口許に柔らかな笑みを刷いて、軽く小首を傾げた。そのまま左腕を上げて、悟浄の頬へと手を伸ばす。
 体温の低い彼の指がおのれの頬の稜線をゆるゆるとたどる心地よさに、悟浄は気持ちよさげに小さく喉を鳴らした。うっとりと紅眼を細める。
「――そんなことで、いいんですか?」
「そんなコトがいいんだけど?」
「安上がりなひとですねえ」
 そう言って、八戒は破顔した。幸せそうに笑みこぼしつつ、右腕も上げ、両手で悟浄の頬をいとおしげに包み込む。
「それなら、イヤって言うほど、言ってあげます」
「イヤって言わないから、いくらでもチョーダイ?」
 わざと可愛らしい口調でねだれば、眼前の八戒の笑みがさらに深まった。自分だけに惜しみなく向けられるそんな彼の掛け値なしの笑顔が見られただけで、悟浄としては十分誕生日祝いを貰ったような気分なのだが、それでももっと欲しいものを貰うためにも。
 悟浄はおのれの双腕をゆっくりと、八戒の腰へと回した。痩躯を自分のほうへと引き寄せて、間近で翠の双眸を見つめる。
 悟浄の願いをかなえるべく、悟浄の目の前で朱唇がそっと開く。
 そして――。



「        」







FIN

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