『きみとひとつになって、とけあってしまえたら』
息が止まってしまうかと思うような絶頂感の後、荒い呼吸を幾度も繰り返しながら、それまで強く握りしめていた白いシーツから手を離す。
しばらくたって、ようやく息も整ってきた頃、ゆっくりと瞳を開くと、こちらを凝視していたらしい悟浄と目が合った。
何も言わず、その紅い瞳を眇めて見下ろしてくるだけ。
「……なんです…か…?」
掠れる声で何とか訝しげに問うても、悟浄は答えず、どこか無表情なままで。
進展しない空気に、息が詰まりそうになる。誤魔化すように、ふと、溜息をつくと、途端にどさりと悟浄が体重を預けてきた。その突然の動きに抗議するかのように、ベッドがきしりと悲鳴を上げる。
そのまま肩に顔を埋められて、相変わらず悟浄の表情は窺えない。
「…悟浄?」
「――――― お前さぁ……」
ぽつりと、ようやく悟浄が言葉を漏らした。
気だるく、あちこちが軋む身体を叱咤しつつ、少しだけ上半身をずらしながら起こす。と、それにつられてなのか、シーツに両手をついて身を起こした悟浄は、こつりと肩先に額を押し当ててきた。
「……お前…まだ死にたいとか、思ってる?」
――――――― どきりと、した。
感情の温度が感じられない声だった。熱を交わしあった情事の後のはずなのに。冷たい。
とても、冷たくて、肌に刺さる。
「…そんな風に、見えますか……?」
声が、震えていたかもしれない。
それを感じ取ったのか、悟浄がクッと喉の奥で笑ったのがわかった。
「俺とヤリながら、殺してほしそぉな表情(かお)、してる」
――――― 確かに。
死を望んでいた。殺してほしいと思った。あの雨の中、やけに鮮明に映った紅い色で、自分も染まってしまえたらいい、と。
そうすれば。
自らの腹を割き、血の海の中で息絶えた最愛の女(ひと)に近づける気がして。
今も、望んでいるのだろうか。こうして罪を赦され、新しい名をもらい、生きつづけているこの身で。
―――――――― 悟浄に殺される、ということを?
ふ、と、自嘲気な笑みが浮かんだ。
「なぁ、死にたい……?」
視線を下方に落とすと、悟浄が伸びかけの乱れた髪の合間から、その鋭い紅眼で見上げてきていた。
ぴくり、と身じろぐと、含みのあるような笑みを貼り付けて、悟浄がぐいと顔を近づけてくる。
かすかな吐息の乱れさえも、伝わってしまいそうな距離。
「………生きるべきだと…思ってますよ」
やっとそれだけを答えると、悟浄が再びクッと笑った。
「生きることは義務?」
「 …………… 」
答えられなかった。
誤魔化すように、悟浄のさらりとした髪に触れる。
彼の表情を隠すようにかかっていた髪をゆっくりとかきあげて、その下から現れた、血の色の紅に瞳を眇める。
「 ―――――― 殺して、くれますか……?」
頭を引き寄せて、耳元で小さく囁けば。
悟浄が何かを言いかけて、それをやめ、息を呑んだのがわかった。
そしてそれを紛らわせるように、強く、腕を引き寄せられて、深く唇が重ねられる。
先刻までの熱を呼び覚ますように。
「…八戒」
悟浄の声が、今の名を紡ぐ。
――――― わかってる。これが自分勝手で残酷な言葉だということは。
けれどもし、本当に。……なら。
そうすれば彼の<紅>とひとつになれるのかと。
肌を辿る悟浄の指の感触をなぞりながら、そんなことを、考えて、いた。
〜fin〜