すべてが欲しいワケじゃない。ただ。
窓からうっすらと差し込む月明かりの中に、ゆっくりとたち上っていく紫煙をぼんやりと見やっていた。
まだ深夜と呼べる時間、部屋を覆うのは蒼白く儚げな光。
それにいつの間にか同化してゆく紫煙を最期まで見ることもなく、半分ほど吸っただけの煙草をベッドの脇にある灰皿に押しつけた。
そのわずかな動きでも、安物のベッドはきしりと軋んだ音をたてる。
ふと傍らを見下ろせば、先刻まで熱を分け合った男が静かな呼吸を繰り返してうつ伏せていた。
シーツから覗いた肩先に、自分が刻んだ紅い刻印が見える。
起こさないように、そっと。気配に敏感な彼が目を覚まさないように、そっと肩先のその刻印に触れた。
先ほどまでさんざん啼かせた口元からは、今は規則正しい呼吸音が聞こえて。
疲労からか触れても目を覚ます気配もない。
触れた肌は、情事の間の熱が嘘であるかのように冷えていて。
―――――― まるで。
瞳を眇めて、肉の薄い肩先をそっと指先でなぞる。
こうして、熱の感じられない肌に触れて、今の自分を実感する。
望むものを得られない自分を。
触れられるものは、いつも、自分を拒絶する冷たさばかりで。
「……なぁ………」
呟いて、指先でなぞった肩先に唇で触れる。
なだらかな曲線を描く、肩から首にかけてのラインを上から見下ろし、そのひやりとした肌に指をかけた。
「もし俺が……」
今でさえ、死という甘美な誘惑に誘われるこの男を。
「…殺してやれたら」
きっと、笑うのだろう。あの時のように。
あの、雨の日のように。
―――――― そうしたら。
「お前は……、……」
言いかけて、やめた。
愚問だと思った。わかりきった答えだ。
そう、すべてを、望んだわけではなかった。手に入らないと、知っていて身体を繋いだのだから。
だから。
「 ―――――― 八戒」
ぐい、と首筋に這わせていた手を、肩にかけて力任せに引く。と、さすがに覚醒を余儀なくされた八戒の身体が身じろいだ。
気だるげに持ち上げられた腕を引き寄せて、その痩身の上に覆いかぶさる。
起きたばかりで思考が追いつかない八戒が訝しげな声音で名を呼ぶのを遮るように、唇を塞いだ。
すべてが手に入らないのなら。せめて。
吐息から漏れる八戒の熱を奪うように。舌を絡め、口角をつたう唾液を舐め上げて。
この熱だけでも、と。
〜fin〜
元々「八戒」編のほうを、58の日に頂いていたのですが、当時私がそれどころではなかったため、今ごろアップになってしまいました…。すみません、蒼さん。それにあわせて、さらに「悟浄」編も追加で頂きました。ありがとうございます。こうした、どこまでも心が擦れ違いまくりのごじょはちが蒼さんらしいなぁ、と思います。やっぱり、悟浄が報われないのが切ないですね…。